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しばらく呆然としていたらしい。
テーブルの、自分の前に置かれたカンパリ・オレンジはもう水になった氷と混じって薄くなっていた。
忘れていた呼吸の仕方がようやく思い出せたように、息を吸う。アルコールと人間の匂い。生きている人間のそれが混ざった匂いがした。
一体なんだったのだろう。全てがまるで幻のように見えた。

「また・・・会うって・・・」

不思議な空気を身にまとった人だった。
ただはっきりしているのは、あの食い入る様な眼差し。捕らえて離さないと言わんばかりのホークス・アイ。
「も・・・訳わかんない」
テーブルに肘をつき、前髪をクシャ、と握り締める。何だというのだ。
酒も入って余計に頭が働かない。やっぱ止めとくべきだった。
そうひたすら後悔をしながら俯いている時。

「全く・・・・なんて顔をしているんだ」

舞い降りてきたその穏やかな声に、硬く強張っていた身体がふっ・・と緩んだ。

「っ・・・!・・・」

思わず顔を上げ、入り口を見やる。
階段を踏んで降りてきたのは、上司の姿ではなく。

「カイン・・・・」

笑みを含んだその声に安堵してから顔が強張って、反射的に彼から顔を背けた。

「な・・・んで・・・・」

突然の事に今一度理解が出来ない。
ましてや昼間あんな事―勝手にキレて勝手に飛び出してしまったのだ。恥ずかしい気持ちと混ざり合った何かが自分をより複雑にしている気がした。
タプン、とグラスの中の液体が揺れる。

「ルナ」

隣りに腰掛ける気配がして、カインが私の名を呼んだ。
柔らかで、優しくて、哀しくて。
いつもいつも、その声に、身体に、心に捕らわれてしまう。私は既に捕食者なのかも、と思った。
「俺を、見ろ」
トクン。トクン。
真っ先に反応する心の臓の音。
血の、流れの音。
やがてそっと差し伸べられた手がそっと頬に触れ、無理強いをしないような強さで彼の方を向かされた。
(―あ・・・)
紫の瞳がそこにあってこちらを真剣に見つめていた。
頬に触れた手先から流れてくるのは彼の切ない思いだった。
(・・・・・まだ・・・怒っているのか)
「・・・・・・」
「言っておくが」
名残惜しそうにゆっくりと離れていく指先。彼自身の膝に置いたところで、カインが視線をカウンターに戻す。
「俺は君を侮辱したわけではない」
「・・・・・・・・・・・分かってる」
―そんな事分かってる。
見つめた瞳が少し安堵したように見えた。なめらかな口調でカインが続ける。
「・・・・・・・・・・俺はルナを餌としてみたことはない」
「・・・・・え?」
思わず、カインの方を見つめてしまった。彼はウイスキーを頼んでから言った。
「俺はルナが良い」
「・・・・・・・」
「察しろよ」
ふて腐れたようなせっついた口調で彼がちらり、とこちらを一瞥した。
「・・・・・知らないわよ」
どうなっても。
言葉は続かず代わりにかああああと顔が赤くなり、そっぽを向いた。アルコールのせいか、身体が熱い。
「俺の月は何と分かりやすい」
やってきたウイスキーグラスの中の氷をカラカラ・・・・と転がして、カインが愉快そうにフッと笑う。
「っ〜!また馬鹿にして・・・」
飲み干したグラスを乱暴に置く。カシャン!と氷が悲鳴を上げた。それを見た彼の双眸はなおの事愉快とばかりに色づいた。
「可愛がっているだけだ」

愛らしい。

なめらかな仕草で伸びた手が髪に触れた。彼は私の髪の毛を触ることが好きだ。最近それに気がついた。
スルリと流れた髪が肩に滑り落ちていく度、心臓が跳ねあがってしまう。
「気持ちが、良い」
うれしそうに目を細めて私の髪の毛をいじっているカインを、私自身と言えば真っ赤になりながら見るしかなくなっている。
「こんな可愛いらしいルナを、餌だけで見れると?」
髪の毛を触ることに満足したその青白い手は、休むことなく今度は梳くような動作で頬へ滑り降りた。
「〜っ!カインッ・・・」
「いいだろう?」
「よくないったら・・・!」
「これで、おあいこだ。仲直り、と言うヤツだな」
「〜〜っもう!!」
こうやっていつも振り回されっぱなしだな、と頭のどこかが思っていた。
でも、これが彼なりの気の使い方なのだろう。鳴いたカラスがもう笑ったではないけれど、私は笑って話せている。
私はカインを見つめた。
キラキラと光る瞳はさまざまな表情を浮かべて私を困らせる、アメシスト、パープルの瞳。
私に気がついてカインもこちらを訝しげに見つめている。どうした?と言う声が聞こえた気がした。
そうやって見つめ合って数秒が経った頃―




事件を告げる、コールが響いた。



















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