「まさかこのような場所で、このような事が起こるとは夢にも思っていませんでした」
黒の教誨服を纏った老人は静かにそう言った。心なしか顔がやつれている気がする。祈っていたのだろうか。

(何に?何を?)

そう思ってルナは首を振った。そんな事を知るために着た訳じゃない。知らなくていいし知る必要も無い。まして神を冒涜しているようなこの身。
「場所が場所ですから、警察の方には・・・その・・・お早い御遺体のお引取りをお願いしたいのです、ミス」
「コンジョウで結構です。早急な解決のために、ぜひとも貴方のお話もお伺いしたいのファザー」
「ええ、ええ、構いませんよそれは。ただ・・私もご覧の通りの老体でね・・・夜は特に寝入ってしまって・・・大した話は出来ないですよ」
申し訳なさそうな老人に対し、ルナは勤めて微笑を絶やさぬように顔を向けた。
「結構です、ファザー。貴方の出来得る限りをお話下さい」
「分かりました・・・」
「現場を拝見します」
そう言うと老人はこちらに、と言って手を指し示し、道を作った。


コッ―ン。コッ―ン。


吹き抜けの高い天井にまで音が飛んでいっているようだった。靴音の後には必ず静けさが続いた。
―生きる物はいないみたいな。
こういうのを、神の領域とでもいうのだろうか。
やがて祭壇の前で神父はその足を止めると、くるりと方向を変えてこちらを見た。
「・・・・・・私には、私には耐えられませんミス・コンジョウ。こんな惨酷な。早くこのご遺体の御霊をあるべき場所へ御返ししてさし上げて下さい」
そう言い切って、彼は2人に道を譲った。

―譲られたからには出るしかない。

思い切って、一歩を踏み出した。

「・・・・血の犠牲、呪われた肉ってか」

ごくりとつばを飲んで、カインがそう呟いたのが分かった。
頭が、白みそうになる。


―血に染まった祭壇。
真っ赤な遺体。穴の開いた。
絡みついた黒髪がまるで蛇のようだった。
おそるおそる近づいていく。
カインが遺体に手を差し伸べようとして慌てて止めた。
「鑑識を」
「許可はもらってある」
そのまま血に濡れた遺体に平気で触っていく。
自然な溜め息が唇から零れたのが分かった。
しばらくして、目の前の彼がポツポツと言葉を零していく。
「時間は夜中の2〜3:00。白い手が見えるな。歯?牙?・・・・血を半分吸って半分祭壇に吸わせたか。いずれにせよ大量なものだが」
「ヴァンパイアにしてはもったいない事するのね。彼らの・・・貴方にとっても命の糧なら、全部飲み干したいところでしょ」
「俺はそうする。だがコイツは違う」
真っ赤になった手を見つめてカインが言う。「信仰心が多少おありの様だ」
「だとしたらたちの悪い信者ね。こんなに汚して」
この事件で手袋は布から耐水性のビニールに変えた甲斐があった。ルナは肌にぴっちりと吸い付くそれをはめてから死体に触れた。



―――教誨の中を歩く音、祭壇に眠る被害者。やがて影が彼女の前に止まる。顔は見えない。
・・・・・「捧げる・・・血・・・が何故・・・ジジッ・・・乙女か・・・」・・・ジジジッ・・・・・白い手・・・歯か牙?・・・血の匂い・・・「あなたに・・・アゲルナラ綺麗な方がいい・・」・・ビシャアア!!!・・----



ハッッッ!!

戻ってきた現実にまず深呼吸をして、ゆっくりと浸った。よし、戻っている。
次に、現場を見た。もうアレ、はいない。
ぐるり、辺りを見渡して、自分の足元を見れば、流れ落ちた汗の後が散乱している。

-----久々の胸くその悪さ。

言うなれば、そんな感じだ。
狂気、血、残虐、宗教心、愛。そして最後のものは狂気に満ちて以上だ。

「大事無いか」

やがてカインが声をかけてくる。大丈夫、と言って微笑んだ。無駄なあがきだろうが。
現場周辺を見ていたカインに問う。
「今回の収穫は?」
カインはああ、と言って遺体の衣服のひだをめくり上げた。
「ココだ」
鮮やかな赤が、視界に入ってくる。


色の意味をしってる?
赤はもっとも鮮やかで美しくて、あなたに相応しい。



「っ・・・あっくしゅみっ・・」

思わず毒づいて、吐き捨てた。
カインは傍で苦笑いをしながら言った。
「ここの教誨の様式は中世・・旧世紀の・・ゴシック様式を真似たものだ」
「?」
首をかしげるルナをよそに、祭壇から長椅子まで歩き出す。
「12世紀、中世は聖堂はロマネスク様式からゴシックに展開し、一方美しい色彩を伴った写本が創作された。・・・・東方からの学問の流入、古代の学問への関心から、色彩の知識は広まっていった。つまり」
「色が広がっていく時代、だった」
カインの言葉を引き継いだ私を、彼は満足そうに見つめて笑った。
ツバを飲み込み、おそるおそる口を開く。

「・・・・・・それを知ってて、この教誨を選んだ?」

カインは口元に笑みを浮かべたまま、さぁ、それはどうか解らぬ、と言った。
「問題はそれだけでは・・・ない気もするな。ゴシック様式モドキはこの周辺にも一つ二つあるだろう」

ヒュォン。

携帯の地図ビューアを取り出して、カイン。

「ホントだ・・・じゃあ」

なんで?と言葉にする前にカインは祭壇の横に逸れた通路を歩き出した。
慌てて後に続いていくと、どうやら告解室のようだ。
カインは部屋の前に立つと、木製のそれをゆっくりと押し開ける。




「Danse Macabre(ダンス・マカブル)だ・・・」


















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