「・・・・・ッ・・・最後の生贄は祭壇の供物の手に?・・愚弄しおって!」
ギリッ・・・・
カインが犬歯を食いしばる音が聞こえ、やがて小さな破裂音がそこから赤い雫を零していく。
「カイン・・・・」
「平気だ。・・・・・・祭壇・・礼拝堂へ戻ろう」
ゆっくりと差し伸べられた手をそっと握る。壊れ物のようにそっと。
歩きながら、カインがこちらに届くか届かないかの小さな声で呟くのが聞こえた。
「・・・・・・る」
「え・・・・・・?」
歩みは止めずに、カインがこちらを真面目な表情で一瞥し、直ぐ戻した。
「・・・・・・・・護る」
つかつかと歩く中でそれだけがかろうじて聞こえた。
「カイン?」
「何も無い、祭壇へ急ごう」
その瞳から伺える表情は、一瞬にしてそこから消え去っていた。
やがて礼拝堂に近づくにつれ、段々とにぎやかな声がこだましてくるのが耳に届いてきていた。
「あら・・・・」
普段静かであろうそこは鑑識の人間などで大変な賑わいを見せていた。あれから調べに入ったのだろう。教誨だけにまあよく響く事。部屋の端では先ほどの老司祭が右往左往してオロオロと落ち着かない。唇が神句を唱えているようだった。
「もう調べはあらかたついたみたい・・ね」
「ああ。・・・・・おい」
近くを通りかかった同業者に声をかける。冷たいような抑揚のないカインの声に今にも飛び上がらんばかりに反応した男が振り返ってこちらを見た。
「被害者の所持品などは」
「あっ・・は、はい。被害者自身の所持品は教誨の外にて発見されています・・・お持ちしましょうか?」
「手に持っていたものはない?」
今度はルナがたずねると、彼は表情を若干弛緩させ、ああ、と答えて言った。
「おそらく犯人が持たせたのでしょうが・・・タロットカードとオルゴールが1つ・・・オルゴールは15×15cmのよくある市販品です」
手元の調書をめくりながら、彼。
「見せろ」
「え?」
「現物を早く見せろ!」
今度こそ若い彼はその凄みにヒッと引きつった声を上げた。カイン、と肩に諭すように触れ、ルナも青年に瞳を向けて言うように促す。びくびくしながら彼は一時姿を消し、やがて手にビニール袋を二つ抱えて持ってきた。
「こ、これが被害者の手に握られていた遺留品、です」
「タロットは・・・『月』、ね。オルゴールの中、は?」
ルナがオルゴールを手に取ってフタを開けてみる。手回し式の音源の隣りには小物が入るスペースがあるがそこには何も無い。
バシッ!
その瞬間、カインがものすごい勢いでルナの腕を掴んで止めた。驚いたルナはなすがままに彼にオルゴールを手渡す。
やがて、地獄の番犬のうなり声にも似た低い声がおい、と囁いた。
「曲名は、なんだ」
青年は今にも死にそうな顔をして、こちらにも聞き届くくらいの声で答えて言った。
「お、オルゴールの曲名は『黒い瞳』、です。ロシア民謡の」
手を捕まれたまま視線のみをカインが凝視する箇所に移す。彼の持つ手のオルゴール、下部の隅の方に小さな血痕、のような文字が羅列していた。
IT'S THE LAST YOU RUNA
『最後は君だよ、ルナ』
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