ブワッッッッッ!!!!




その瞬間。

礼拝堂の空気が一瞬にして凍りついたのがわかった。

「うぁ・・・」
「ぐっ・・・」

あっという間に立っていた人間がバタバタと地面に倒れこんでいく。
これは。
ビリビリと皮膚が痛みを覚える感覚に顔をしかめ、ルナは隣りを見た。

「っ!・・・カイ・・・ン・・・っ!ダメ!」

カインの殺気にも似た、怒り。怒気だ。まさかこれ程とは。
あまつさえ能力者であるルナ自身、尋常ではない空気に頭が壊れそうになる。
カインが、これ以上に無いくらいの怒りに満ちている。

(このままじゃ・・・ここに居る全員殺しかねない・・)

意識の隅で冷静に考えてはいても、自分自身はすごく焦燥にかられていた。ヤバイのは痛いほど分かっている。
カインのアメシストの瞳に赤みが混じっている。あれはすごくマズイ。感情が高ぶった時に現われる兆候だが、その赤はいつもより暗い色をしている。
動け動け。
そんな自分の意思に反して、なかなか身体の方がが上手く動いてくれない。

「くっ・・・・!」

冷静な意識がそうしろと訴えていた。
割れそうな程痛い頭を必死に堪えて、怒りに身を任せかけているカインの腕を引く。それでもココではマズイ。ココでは。
グイ、と掴む腕に力を込める。




『離せ、ルナ』



ぞわっ。

余りにも普段と違いすぎるその声に身が震えた。それでもその声を無視して、大急ぎで先程の告解室へと身体を滑り込ませた。
これでしばらくすれば礼拝堂の人間は動けるようになるだろう。
今一度、はぁ、と息をついてステンドグラスを見上げる。何かその骸骨が今はやけにリアルだ。
-ここも後で鑑識呼ばなきゃな。
冷静にどこかで考えるのは最早職業病か。
ガチャン、鍵を掛け、キョロキョロと辺りを見渡す。何も無い。畜生、流石にグラスを叩き割るわけにもいかない。
ふと手元のイスに目をやる。細かな細工の金属製のそれは、背もたれの棒部分が尖っていてちょうど良さそうだ。即座に左腕を捲り上げ、そこに当てて力いっぱい引いた。

ザシュッ!!!


「・・・くっ・・・」



パタタタ・・・


拍子に血が冷たい地面に飛び散る。
ふい、とこちらを振り向く気配がした。
痛みを必死に堪え、カインに向き直る。彼の目が驚きで見開いているのが分かった。赤みはまだ残っている。理性は僅かにでもあるのだろうか。判断は出来ない。
考える間も与えず、室内にあっという間に血の匂いが充満していく。
冷や汗が流れ出してくるのももう構えない。彼をただしっかりと見据えた。

「飲んで」

だんだん体温が下がってくるのが分かる。ちょっと深くやりすぎたか。心の中で若干苦笑してみる。
まあなんとかなるだろう。駄目なら死ぬまでだ。
これしか思いつかなかった自分が情けないけど、今はそれしかないと思ってしまった。
怒れる異種に言葉など無意味な事を、自分は良く知っていたから。
狂っていく友人達、異種の殺人者。何度もそれを見てきた。だからこそ、今はただ本能に任せるしかないと思ったのだ。
カインが歩み寄ってくる。自分の血につられて。
瞬間、ふっと気が抜けてガクン、とその場に足から崩れ落ちてしまう。正面から血の匂いに寄せられてやってくる彼と対峙する羽目になる。
彼は音もなく歩み寄ってきていた。

(ああ、でも・・・・)

虚ろな中の冷静な意識がぼんやりと考える。

―自分が死んだらこの目の前の怪物は独りになってしまう。

カインが腕を取り、身をかがめてくる。

―この寂しい生き物は、1人になってしまう。

それだけが、怖い。

傷口に犬歯が当たった。


ブツリ。


ルナの意識は、皮膚の破裂音と共に途切れた。






NEXTBACKHOME

ŠHONなびŠ  dabun-doumei←ランキング参加中です。面白かったら押していただけると励みになります