誰かが、何度も何度も自分を呼んでいる気がした。
それに答えようとして、手を伸ばす。
届かなくて、もどかしくて・・・・・

「起きたか」

張り詰めた空気が当たり一面に漂っているのを瞬時に感じ取って、カインは起き上がった。
まるで自分の居た牢獄のような、まっ白な部屋。自分は簡易なベッドに寝ているようだ。目の前のパイプイスの男―オギはその顔のシワをより深くして自分を睨みつけた。

「!っ・・・・・・・・ぅ」

起き上がった途端に後頭部に激痛が走り、その後に立ちくらみのような感覚。
その様子を見たオギが瞳を閉じ、冷静に告げる。

「猛獣もイチコロの催眠剤を打った。しばらくはその不快感は抜けぬだろうが我慢しろ。ルナが払ったモノに比べれば容易い」

「ル・・・・・ナ・・・・・?」

自分は何をした?
記憶を辿っていく。最後に途切れたのはあそこだ。オルゴールの血文字を見て・・・・

「っ!・・・・俺・・・・は・・・」

オギがため息を付いて、呆れたように呟いた。

「ここは昔の異種牢獄だ、カイン。我を忘れたな。お前はそうなるともう誰にも止められん。でもお前は今ココにいる。何故だか察しがつこうな?」

「オギ・・・・」

「ルナがお前に血を飲ませた。己の血を。気が狂った獣が、理性のない獣が獲物を前にして思慮など働きはしまい・・我々が駆けつけた時、お前はルナの身体の致死量の血液一歩手前まで飲み干していた」


ガタァァァン!!!!

次の瞬間カインはドアの前でノブを握っていた。瞬時に手に痛みが走り手をひっこめる。ドアノブは純銀製。ドア全体にシールド。畜生!!

「ルナは無事だよ・・・お前も少し養生しなさいカイン・・・今のままで会うのは気まずかろう・・・」


ドン。ドン。ドン。


シュウウウウウ・・・・・

カインの手がドアを殴りつける。そのたびに肉の焦げる音がして、煙が上がる。守護の力のせいか痛みはあった。でもそんなのは今は関係なかった。
自分の痛みなど、自分の痛みなどっ・・・・!


「俺は・・・俺はっ・・・何て事・・・を・・・・!」

護りたいと思った、愛しいと思った。そんな存在を自分から傷つけた。
こんな罪悪感は初めてだ。こんな自分が悪だと感じたのも初めてだ。こんな自分が罪だと感じたのも。

カタン。

オギがイスから立ち上がって、こちらへやってくる。自分の背後に影ができた。
未だに煙をあげる己の手をそっとドアから離す。

「カイン、ルナがお前に血をあげなかったらお前は止まらなかった。もっと沢山の人間を傷つけ、殺傷しただろう。お前の殺気があの場の人間達を気絶させていたくらいだもの。ルナがあげなければ、お前はもう二度とルナには逢えなかったのだよ」

見上げたその顔は欲のない穏やかな微笑だった。自分にはありえない穏やかさ。こんな瞬間を、人間が美しいと思った。
手が届かない、美しく儚いイキモノ。

「良いかい。もう二度とこんな事起こしては駄目だ。私も二度までは庇い切れない。護れ。自分の愛しい存在を。自分のその存在が罪だと思うのなら余計に、自分の愛した者をカイン、お前は護るべきだ。3日後には釈放し、彼女に逢わせて上げよう。それまでも覚悟を決めるがいい」






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