車の騒音にまぎれてかすかにカインの思念が伝わってくる。不思議だ。いつもなら意識しないとこちらには聞こえてこないのだ。それほどに彼の中には湧き上がる感情の波が大きいのだろう。しばらくそのままかれに運転させるがままにしておいた。
その間に彼に言われた事を反芻し、頭の中で理解しようと噛み砕いてみる。


ゴオオォォォン・・・



「・・・・宝石、緑・・その意味・・いまずっと考えていたけれど、」


「おそらく、貴女の思う通りだ」


「え?」


不意を突かれて思わず外を眺めていた顔をカインに向けた。カインはと言えば、無表情のままハンドルを回し続けている。その表情はいつもより酷く硬い。もとより人間ではない彼の表情、それがないのは恐ろしいくらいの寒気を感じた。


「・・・宝石は古来より人間の歴史に関わってきた。古き書物にも、神への聖書にも。その色が身体を癒すと信じ、その光に魅了され、人はそして罪を犯す事もあった・・」


「・・・」


「そのうちで緑は・・・二面性。子供。道化の色。でも・・」


「見た目は、そうなんだ。子供で、二面性がある。まるでうまい役者の様に綺麗に天使の皮をかぶるんだ。俺は・・・そいつにある人間を殺させてしまった・・」


「ある人間?・・・」


そう問いかけたら、間の空気にほんの少しの躊躇いが生じた。苦虫をつぶしたような顔をし、それから彼はそのまま唇をかみしめて首をぶんぶんと二回横に振って、口を開く。


「その人は、人間で、・・俺と、彼が愛した人だった・・・一方的だったけどね。名をアルテミス。・・貴女によく似た女性だった・・」


切なそうに、笑う。その笑顔があまりにも切なくて、胸がちくりと痛んだ。


「彼女はある日暴漢に襲われ瀕死の重傷を負った。その暴漢は彼・・・彼女をヴァンパイアにさせたかったと、彼は言っていたよ。彼女は人間でいたかった。彼女は俺たちが焦がれる前に、人間の思い人がいて・・その人も暴漢に殺されたと言っていた・・おそらくそれも彼だったのだろう。「死にたくない、でも化け物はもっと嫌」だから、俺は・・・」


何かをためらうカインは、ハンドルを回しながらしばらく口をつぐんだ。それを見守る。



「彼女を、殺した・・・欲におぼれて血を呑んだ・・それが俺の罪だ」



「・・・」


ぎり、とハンドルを握りしめた音が、妙に耳に残る。眉をひそめて、つらそうな顔をする彼の表情が痛々しかった。しかしそれを責める事は出来ない。
それは彼の本能であり、一度タガが外れれば抑えの利かない内なる獣である。もしその時彼が大量の血を間の当たりにしたのであれば考えられなくない。
本能が叫んだだろう。愛した人の血ならば、尚更。


「彼は・・彼女を殺した俺を酷く憎んだ。歪んだ愛。曲がりくねった思慕。それは一気に俺に向けられた。」


(僕のかわいいアルテミスを殺したんだ。君を何倍も何十倍も何億倍も憎悪して殺してやる。せっかく邪魔なネズミを消して、僕だけのアルテミスになっているはずだったのに・・・殺す殺す殺す何十億年かけて逃げても、何十兆年かけて追いかけてやる。カイン・・・お前は生粋の殺人者だよ・・・)


「・・・・っ!!」


不意に入ってきた予想外の意識に思わず身をすくませる。なんだ、これ。ものすごい殺意のこもった意識。
その様子を横目でちらりと見やったカインはすまなそうに苦笑してハンドルを離した片手で頭を撫でてくる。
ひんやりとした細い手が優しく頭を撫でてくれるたびに心が静まってくる。


「・・・驚いたな・・すまない・・あれほどの殺意は結構意識に残るから、抑えていてもダメなんだ・・・」


「あ・・れが・・」


「これから、会いにいく・・・気がつかなかった俺も俺だ。あの教誨で被害者の瞳を見るまで俺はあいつの事を思い出した。・・・・会うのは600年ぶり、か・・・警察に捕まった後はずっと幽閉生活だったしな」




逃げて、逃げて、逃げて。
俺はずっとあいつから逃げて、殺した彼女から逃げて。
そしてまた巡りあった。
あの人に似た、彼女に。
責められている気がした。
そう思いながら、俺は同時に焦がれ、欲した。

青白く輝く、手の届かない月を。




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