<歌声・・・・>


建物が元が元だけに、その美しいアルトはより一層よく響き、ルナの鼓膜を揺らした。




・・燃える様な美しい瞳 

なんと私はお前を愛している事か お前を恐れている事か

私は悪い時にお前と出逢ってしまった・・・・・




・・・だが私は悲しくはない みじめでもない
この運命は私には惨めなのだ

神が与えたもうたすべてのよきものは

全てその黒い瞳にくれてやった・・・



カツーン・・・。


自分たちの靴音がその場所に響くと、声は不意に止んだ。
教誨の祭壇があったであろう場所、今は朽ちかけてしまっているそのシンボルの欠けた所に一つの影がある。両手を後ろにやって身体を支えている。こちらに気がつくと、影が指している顔は表情こそ見えないものの、口角が三日月のようにつりあがった。

「やっとキタ。・・・」

すっくと立ち上がるその棒のように細い、下手に動けば脆く崩れ去ってしまいそうな、細い場所で舞台の役者のように凛然と。

ルナはゆっくりと口を開く。

「貴方・・・・・・」

グリーン。
そして教誨のグリーンの瞳。宝石の様なグリーン。
グリーンの宝石。その中で、栄枯盛衰を語るもの、もしくは命の意味を含むモノ。
不老不死の力、生命の再生があるとされた宝石、ヒスイ。

英語に直すとjade。



「・・・・ジェイド・・・ジェイド=ゾブレーズ・・」




信仰のシンボルに立ったまま、彼―ジェイドはその中身とは反した美少年の微笑みでこちらを見つめ返した。
ヒスイは不老不死の力、生命の再生があるとされた宝石。
昔の皇帝の遺体にも装備されたそれは、金よりも重宝されたという。不老不死、それは


「貴方も・・・ヴァンパイア、なのね」


クスクスクスクス・・・・少年らしい高らかな声で笑う声が響き渡る。
ギリィ・・・・


カインが歯を食いしばり、ジェイドを睨み付ける。
それをジェイドはクスリと笑った。

「久しぶり、カイン」

そしてそのままひらり、とシンボルから飛び降り、ストン、と優雅に説教台に着地した。

「そしてようこそ、我らが愛するお月さま」

右手を胸に当て、優雅にお辞儀をした。はんっ、と吐き捨てるようなため息を吐いたカインが、ジェイドを睨み付ける。


「ジェイド・・・ふん。今はジェイドと名乗っているのか。気配も変えて・・俺が分からないはずだ・・・」

「そうだよ、見た目もだましやすい子供の姿が一番いいでしょ。1世紀前に食べた姿を借りてる」


ジェイドは踊る様にくるくると楽しそうに回りながらこちらを見つめた。


<緑色・・の・・・目>


気がついたジェイドは急にぴたりと動きを止め、ルナの方に視線を向けた。
思わず拒絶反応でびくりと身体が震えた。その様子にジェイドは意外そうに目を丸くしてその後、唇をうすく釣りあげる。

「僕は感情は読まないから大丈夫だよお姫様。君と会った時の眼はコンタクト。君に見つからない様に、人の皮をとっかえひっかえしてたんだけど、待ちきれなくてこの姿で君に会ったんだ。いいでしょ?この姿は特別だったから、汚れないようにしてたんだ。君に捧げる赤、神聖な赤で汚しちゃいけないもんね。」


「だからカインも掴めなかったのね・・・気配がその都度違うから・・・・何故12人も殺したの」


「ちえ」


不貞腐れたようにふぃとそっぽを向くと、カインの方を見かえす。
カインは目の前の人物を射殺しそうな程鋭い視線で睨み付けている。獣のような唸り声はどうやらカインのようだ。ジェイドはそんな視線も全く気にしていないように不貞腐れた視線をこちらに向け、

「だって、君を一番神聖な状態で僕のモノにしたかったんだ、アルテミス。
でもあの女は余計だった。9人も殺させたけど、あの汚れた赤は君に相応しくなかったけどまとわりついてきたから殺した。勿体ないからちょっともらったけどすぐに飽きちゃった。でも他供物の女はみんな長い髪、大きな瞳にしたんだよ、君に相応しい様に。君のために備えた赤はもっとも神聖で、もっとも美しい色。もっとも美しい君に相応しい色。魔除け、栄光、高貴。すべてを兼ね備えたその色を捧げて、君を最後にいただくつもりだったのっ」


シュ!


彼の視線が変わった途端、考える間もなくジェイドが飛びかかってきた。よけられない・・・!
目を閉じた瞬間、カインの怒号が眼前で響き渡った。


「ルナはアルテミスじゃない!貴様も分かっているだろうがっ!」


バシュ!!



鋭利な物が空気を切り裂く音。見かえす間もなくカインがジェイドに襲いかかり、伸びきった爪でジェイドに突進する。それを間一髪で少年の身体がかわし、間髪いれずカインがさらに少年の心臓に向かい凶器となった左手を伸ばし飛びかかる。



ガァン!ガキィ!バキ!



空中で息つく間もない激しい戦いが繰り広げられる。
ルナ自身はそれを目の前で見ているしか出来なかった。人間が関わるものなら自分も関われただろう。だがこれは人外の戦いだ。加われただろうか、否。加わる余地など微塵もありはしない。それをまざまざと見せつけられている。




バキィ!ガッ!!ドガッ!!!


「貴様はアルテミスを喰っただろうが!!俺がヴァンパイア化させた彼女を貴様は覚醒期間の7日を待たずして殺しおった!!貴様がした事を今度は俺がやってやろうというんじゃないか!!なんの咎がある!」


年老いた老人のような口調でカインに攻撃をしかけながら歯をむくジェイドの顔はもはや少年とは思えないほどに様変わりしていた。カインは少年の攻撃を避けながら見えない速さで彼の心臓にひたすら向かっていく。

「だからと言ってルナは殺させはせぬ!アルテミスは人のまま死ぬ事を望んだのだ!殺した罪は俺が一生背負っていく!」



「そんなの関係ない!俺らは愛した者を永久に傍におく、その何が悪い!感情なぞいずれ変わる、俺がそうさせるはずだったのに!貴様が!貴様が全てを壊した!!今度はお前からその月を奪ってやるお前をそのまま八つ裂きにして再生出来ないくらい殺してやる!!!」


バシュ!!ドガッ!!


ガッ!!!


爪が空気を裂く、拳が身体にのめり込み、内臓がつぶれる音。次の瞬間、カインの左腕の服が千切れ、宙を舞った。


「っ!!・・・・・・・」



「カイン!!」


思わず足が動いた。地を踏んだカインの元に駆け寄ろうとしたその時、激しい怒号。


「来るな!!!」



「っ!!」


「・・ぐっ・・がはっ!!」


身体を折り曲げたカインが血を吐きちらして膝をついた。
次の瞬間、カインの身体中に裂傷が走りぬけ、血が舞い散る。

「ガッ!!!・・・グッ・・・!!」



それはまるで紅い雨の様に降り注いで、パタタ・・・と音を立てて散った。






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