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その日は鉛のようになった足を引きずるようにして部屋の前にたどり着き、ドアを開けた。そのドアですらひどく重い。
食べる事もそのままに、シャワーを浴び、着替えてベッドに倒れ込んだ。
ぎゅう、とブランケットを握りしめ、目を閉じる。眠れない事はとうに分かっていた。分かっていた事、いつか来るべきだった事、でもそれをいざ迎えたこのショックはだめだ・・・もう泣けないし、でも哀しかった。

ピーンポーン

玄関の方から来客を告げる音が耳に届く。誰だろう、こんな時間に。むくりと起き上がって、ずるずると玄関に向かう。重いドビラを開けるなんてまたしたくないのに、誰だろう、ホントに。誰もかも私を構わないで欲しい。
職場に居る時もみんな空気が読めるから、こちらの気落ちはいち早く知れて、まるで腫れものみたいに扱われて余計に気疲れした。自分の部屋くらいはそんな事忘れたい。今はとにかく何も考えず眼を閉じ、丸まっていたかった。憂鬱に扉を開ける。


「や」


その場所に立っていたのは、さっきまでいっしょにいた茶髪の青年だった。黒い教誨服のような格好ではなく、ゆったりとしたリンネルのシャツにワークパンツ姿。
服装が違うだけでこんな印象が変わってしまうのかと若干驚愕しつつ、彼を呼んだ。


「ヴィオ・・」


夜の帳の中、まっすぐな灰青色の瞳がしかとこちらを捉えて離さない。入れてくれない?と笑った彼に警戒の意を表すと、彼は少し拗ねたようにうつむいてしまった。


「・・・・・分かったわ」


するとヴィオは急に表情を変えて良かった、とニッコリほほ笑むと、ドアを押しあけて中に入った。畜生詐欺か。しかし出逢ってからいつもこの軽いノリというか純粋さに負けている。
とりあえずリビングのソファに案内し、お茶入れるわねとキッチンへ足を向けようとすると、待ってと後ろから声をかけられて服の裾を掴まれた。


「いいから」


笑顔で笑って、今度は隣に座らされた。肩を抱かれて思わず心臓が跳ね上がる。肩に置かれた手がゆっくりと背中を撫でていく。一定の速度でゆっくりと撫でられてじんわりと琴線が緩みかける。
やああってその動きを止め手を離したヴィオはゆっくりとこちらを見下ろして苦笑した。


「泣かないな。泣きつかれた?」


まさかそのためにわざわざ来てくれたのだろうか。再びゆっくりと優しく撫でられる感触に張っていた気がゆるゆるとほどけていく。じわり、と涙が目尻にたまった。
それを見たヴィオはふ、と息をもらし、手をやってルナの頭を肩に乗せる。泣けばいい、と言われてとうとう涙がこぼれた。


「分かっていた・・・はず・・なのに・・どうすればいいか・・わからない・・」


「うん」


「好きなのに。愛しているのに。どうして出逢ってしまったんだろう・・・どうして愛してしまったんだろう・・どうして出逢ったの・・」


何故だかボロボロと思っていた事が口からこぼれてくる。涙が止まらずに流れ続けて、心が悲鳴をあげているとやっと気がついた。ヴィオがなでている生ぬるい温度が肌を染めていく。
どうして二三度会ったばかりのヴァンパイアに心を許してしまっているのだろう。それだけつらいというのが自分の中の本能が告げている。落ちていく涙をそのままにしていると、頬に骨ばった指が伸びてきて、そっと辿り、拭いとった。
視線を折っていくと自然とヴィオと目が合う。深い森の中にある深い泉の色のような濡れた目がこちらを見ている。オレンジの色の室内光が彼を照らし、茶色の髪が仄かに光る。


「ルナ・・・・」


呼ばれた、と思った瞬間には顔が近付いて、唇が触れていた。
驚いているこちらを目を細めて見つめて、ヴィオが唇を離すと、また唇が撫でるように触れる。


「俺のキモチ、知って」











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