いつの間にか眠っていたらしい。気が付いて身体を起こすとそこはソファの上だった。寝ぼけた目をパチパチと瞬かせて視界をはっきりとさせると、自分の体から水色のブランケットが滑り落ちた。誰だろう。きょろきょろと辺りを見渡しても誰も居ない。皆もう出払っているのだろうか。
否。
「カイン・・・・・」
夜の闇の中、室内光のブルーの色が淡く照らして、外の景色を見ていたカインの横顔を照らし出していた。起き上がった自分に気がついたのか、くるりとこちらを向いて微笑んだ。
「目が覚めたか、良かった。」
「ずっと・・・」
起きていたの?と聞くうちに彼は手元にあったペリエを黙って差し出してきた。冷たいそれは先程ボックスから出してきたモノと知れる。そのまま受け取りキャップを開けて一口口を付けた。炭酸の泡が乾いた喉に程良い快感を与えて通り過ぎていく。
はあ、と息をつき彼を再び見やると、カインは夜の帳の中に映える街の灯りを物欲しそうに見下ろしていた。あの白い檻を出てから、彼は街の灯りを酷く気に入っている気がする。望んでも手に入らぬ物だからなのか、それともただ単に新鮮なだけなのか、それは己のはかり知る所ではない。そればかりは彼の意志だ。
見つめていた自分に気が付いたのか、は、としたようにこちらを向き、く、と今度は自嘲するように口角を上げた。こちらの考えていた事が読まれていたものらしい。
「おかしいだろう?近くで見ると眩しくて壊してやりたくなるんだが、遠くからこうして見下ろしている時は死にそうなほど欲しくて堪らなくなる。」
「・・・・・そう。」
思いのほか、口に出たのはそっけないそんな返事だった。自分には到底分からないのだ。カインがカツ、とブーツのヒールを一度響かせると、次の瞬間には目の前に立ち、こちらを見下ろしていた。
「・・・・・・分かっているくせに」
「何がよ」
右肩を掴まれ、力任せにソファに押し倒されると、カインはゲームの悪者の様に低く掠れ婀娜めいた声で一つ、くくと笑った。
「お前の事だよ、ルナ」
そうして長い長身をそのまま折り曲げ、アメシストの瞳をジリ、と近づけた。唇と唇が触れそうなほど近い。だが彼はそこから先に進もうとはしない。
「近づくほどに眩しくて、怖い。お前のココが時々読めなくなるから。怖いから、いっその事壊してしまいたくなる。だが、壊せなくて離れると、死にそうに欲しくなる。」
こんなふうに、という言葉の後に、触れそうだった唇がゆっくりと合わさってきた。ひんやりとほとんど温度を感じない唇は背筋にぞくぞくとした感覚を呼び起こす。ほとんど吸い尽くされた酸素を取り込みながら、喘ぐように答える。
「・・・私は・・ただの人間だわ」
「俺を壊す、唯一の人間だよ。」
ニヤリと笑うその顔は悪魔的な嘲笑を含んでいた。その笑顔が反則だ。先程から冷静を装っていた心臓が余計に跳ね上がる。なあ、といつのまにかカインが耳元に息を吹きかける様にそっと囁いた。
「・・・まだ、俺を欲しがってくれるか?」
「!・・・」
「俺は、あの日以来血を飲んでない。ルナ、お前の血が欲しい。お前のその唇も、心も、何もかも。お前の全てに喰らいついて、飲み干したい」
相変わらずこちらが恥ずかしくなる事をさらりと言ってのける。赤くなった顔をおもわず隠し、顔をそむけた。隠すなよ、という声で顎を掴まれ、軽く元に戻された。
「今はしない。しかし、」
無防備になっていた唇に再び冷たく柔らかな感触が当たったかと思うと、今度はとろりとした液体が唇の間から入りこんで飲みこまざるを得なかった。それが喉に絡みつきながら通り過ぎていくと、唇を離された時に身体を折り曲げて激しくむせ込んだ。
「けっほ・・・今の・・・」
「俺の血だ、今のルナは精気が足りていないからな」
「そんなのほっとけば治る・・・!」
「嘘をつけ、今も軽くふらふらしているくせに」
前髪をくしゃりとかき乱され、近づいたそのアメシストの瞳がキラリと輝く。真面目な表情で見つめてくるその瞳、その輝きに魅入られ、冷静さを欠かれてしまって困る。
「・・・どこでその精気を失くしてきたまでは聞かないが、な。」
―時期がくれば、分かるだろう。
その刺さらんばかりの言葉にぐっ、と喉まで出かかった言葉が詰まる。互いの間にしばらく沈黙が続いた後、仕方ない、と言う風にため息をついたのはカインの方だった。
「それもひっくるめて、お前に惚れたんだ。受け入れてやる。」
「かい・・・ん」
「だから、今は休め。家に戻るぞ」
最後まで突き詰めて聞かず、こうして甘やかしてくれる、それにいつも甘えてしまっている。その温かさを、その思いを、いつでもこうして人の思いを踏みにじって汚れた血の上を歩いてきた。ただ呆れて、罪悪感を抱えて、それでもまだこれからもそれに甘えていくんだろう。
―いつかこの気持ちにけりはつくんだろうか。
分からなかった。
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