全てが燃えた後に、ただ茫然とする自分が居た。目の前にはぐずぐずと焼け落ちた人間の身体がある。全てを終えた時のあの脱力感とは違う身体から全てを持っていかれた感じ。
カインが傍に立ち、ルナの腕を抱えてそのまま立ち上がる。今の光景に多少興奮しているのだろうか、カインの身体からいつもより体温が高めに感じられた。それだけが感覚として伝わってくる。包まれた身体が知らず震えていたのに気がついた。

「・・・・私、は・・・」

「考えるな。もう何も考えるんじゃない」

震える身体を自覚しながら、うつろな視覚を何とか確保しようと脳が必死に動いている。どうして、どうして。
その時だった。

ギャアアアアアア!!!

引きつれた叫び声が一体に響き渡り、その場にいた皆の全員の耳をつんざいた。

「!!!」

思わず全員がその方向に一斉に向くと、地面に膝をついたマルガリータが頭を抱え、その黄金色の髪を振り乱して叫んでいる。驚いてかけよる自分の声もどうやら届いていない。苦しそうに顔を歪め、振り乱す事を止めない。

「マルガリータ!しっかりして!」

ヴィオが傍らに立ちその様子に立ちその様子をじっと見た後、青ざめた表情でルナ!と絞り取る様な声を上げた。

「彼女はもう駄目だ!!・・・」

その言葉にカッとなって思わず彼に反論する。

「何で!」

「・・・ジョン=ブラントの魔術が効いている・・・」

消え入るような声、その声は絶望に満ちていた。それは、つまり―

「術者が消えた瞬間にかかる、と言う訳か。その命を使ってまで彼女を殺したかったのか」

カインが冷静にそう言って、未だ叫び声を上げ続けるマルガリータを見やった。その表情には少し哀しげな火が灯っている。
そして黙ってそちらに向き直ると、ゆっくりと彼女に向かって歩き出す。

「何をする気?」

カインがゆっくりとこちらに視線を向けた。

「・・・せめてもの情けだろう。魔術で苦しんで死ぬくらいなら、潔く殺した方がマシだ」

「っ・・・!そんな事したら、カインが」

罪がまた増えてしまう。そう言いかけて、口をつぐむ。自分自身があまり言いたくない言葉だった。カインが静かに微笑む。

「・・・それこそ、だろう。俺の罪状などいくら増えても今更だ。ルナが被るよりは、俺の方がまだいい」

「駄目!それこそ駄目よ!!」

それこそ反射の様に声を張り上げたルナは、跳ね上がる様に立ちあがってカインの腕を掴んで引きとめる。カインが困った様な声を上げた。

「ルナ」

「・・・私がやる」

「ルナ」

諭すように語り掛ける声を無視して、腰に下げていた拳銃を取り出し、セーフティを解除する。そのまま銃を持ち上げようとしたら、その手ごと銃を押さえつけられる。

「離して」

「お前にやらせるつもりなど毛頭ない」

眉根を寄せて険しい表情を向けるカインがこちらを見つめる。それを睨み付ける様に見返して二人の間に見えない火花が散った、その時だった。

ダアアアン!!

鼓膜を引き裂くがのごとく、その場に一つの銃声が鳴り響いた。
ハッとして手元を見る。己の拳銃は熱を持っていない。火を放っていない、と言う事はアレは―

「・・・お前の悪い所は、その優しさだねルナ。やるなら潔く、素早く。そう教えた筈だけど」

とろりとした甘い蜜の様な滑らかな声が聞こえた。

コツ、コツ。

頭蓋を穿たれた黄金色の髪の毛が赤く染まって、その影の傍らに倒れている。それを超えて、靴音を響かせてやってくる。細面の顔に、スモーキーアッシュの癖のあるショートカット。その瞳が蒼く光れば、じいっとこちらを見つめた。
その姿を自分は良く知っていた。記憶の奥底からずるりと這い出てくるその記憶が酷くおぞましい。忘れかけていた、その記憶を。唇がカタカタと震え始める。

「・・・忘れたの?そんな訳ないよね、ルーナ」

細い唇がゆっくりと持ち上がった。まるで、西洋人形の様な面立ち。

「ルーナ。僕の所においで。もう事件は終わった。iraは憎悪を現実にして―否、僕が殺してやったのか―死んだ。そして僕の所では君に任せたい事件がある」

「・・・アルヴィン」

地獄の底から響いてくるような呻き声を上げながら、ルナはやっとの事でその名前を呟いたのだった。






「どういう事だよ」

斜め後ろに居たヴィオが冷や汗を流しながら静かに問いかけた。手元には彼の大柄の美しい銀色の銃を抱えたままだ。

「何故、今炎で死んだ男が大罪のパヒュームの持ち主だと知っている・・」

そう問いかけられた彼―ルナがアルヴィンと呼んだ男は、面白そうに頭を左右に揺らした後、言葉を滑らせる様にそっと唇を開いた。

「冷静な半魔女ハンターに免じて、正直に答えてあげよう。何故彼が―大罪のパヒュームを持っている事を知っていたのか。それは、僕自身もそのパヒュームの持ち主だからさ。その最期を見届けようと、用事ついでに来てやったのさ。仲間とともにね」

「貴方・・・も・・・!?」

アルヴィンが優しく微笑んでルナを見つめる。

「・・・・そう、僕は七つの大罪のうちの一人、全てを―世界の全てを喰らい尽くす暴食「gula(グラ)」。皆大食いの意味合いを良く思い浮かべるけど、gulaは何も食べ物だけには限らない。その欲した人間、欲した理、欲した物質、何もかもを喰らうんだ」

そう言って彼は右手の人差指を口元に指し、ぐあ、と口を開けて食べる仕草をしてみせた。

「・・・仲間も居ると言っていたな」

「ああ、その事?実を言うとね、仲間が欲しがっていたのが君なんだよカイン=ノアール。君が良く知っている、血の約束を交わした人間だ」

「どういう・・・・こと」

青ざめたルナが震える唇を開く。何か嫌な予感がした。アルヴィンがニコニコと幼子を見守る様な笑顔を向けた。その笑顔が外面は良いのにとても冷たい。

「おや、カイン。君はルナと一緒に居られると勘違いしていたの?愚かしい、お前自身がルナに一番残酷な存在だと言うのにね。ルナ。よく考え。どうしてiraが―ジョンが異端審問官の末裔なんて狙えたと思う。いくら魔術に富んだ彼だって、もう情報のない情報を知れるかい。仲間の差し金さ。そして仲間はカインを欲しがっていた。仲間はずっと彼を探していたから」

「・・・なか・・・ま・」

「どうして君の飼い犬が消えるまでになった攻撃を受けたか。仲間は精神体になり、意識を飛ばして攻撃をする事が得意だから。どうして魔女殺しに加担したのか。仲間は―根本的に魔女が嫌いだから。
我ら、七つの大罪はそのパヒュームを手にした瞬間から、その大罪を成す為に己の全てを駆ける。その為に手を貸しただけだよ。僕はルーナ・・・君を手に入れる為に、そして、彼女は己の主を手に入れる為に」

「言うな!!彼女をこれ以上傷つけるな!!」

その場にいたヴィオが青ざめた表情を浮かべて叫んでいた。カインが受け止めきれぬ現実から目をそらすかのように俯いている。その顔が、景色がぼやけてくる。だが無情にも現実はその音によって乱された。

カツーン。

その場にいた全員が、再び音のした方向に視線を向けた。イヤだ。嫌だ嫌だまさか、そんな―
長い黒髪が、さらりと風になびいた。
白い肌が夜の月灯りの元に、背後の木々が護る様にそびえたつ。

「まさか・・・」

そんな馬鹿な事があってたまるか。
実際は起こり得るのだ。まるで堂々巡りの様に、グルグル、グルグルと―

「アンナ=ロッサ。七つの大罪のパヒュームが持ち主の一人、嫉妬のinvidia(インヴィディア)」

冷たい眼差しが、一心にこちらを見つめていた。












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