「分かりませんね」 エルフィナンはその場で眉根を寄せて嫌悪の感情を表に出すと、その場に居た使用人に遺体をどこか冷暗の効く場所に運ぶ様に命じ、 黙って部屋から出て行った。その姿を見送ったリシアスは仕方ないねえと苦笑いした後にシャトラールに視線を向ける。 「君も悪いねえ。何故人魚の一族であろうと言う者が、人が死んで尚その宝をかくしつづけるのさ。王も僕も期待はしてたのに。 君は今ならあの事を喋るんじゃないかって」 「死者を愚弄するつもりも私にはない。そしてあの事はフェアリーテイルだと何回言えば気が済むんだ、リシアス」 「……諦めたつもりはさらさらない。僕らは飢えている。死神に怯えている…お前には分かるまいシャトラール」 「リシアス…」 疲れ果てた様にリシアスを呼ぶ声は今にも消え入りそうだった。ルナはその様子を見ながらずっと考え込んでいた。 王も、リシアスも、そして死んだグローカスでさえも皆が皆同じ事を口にしていた、「アレ」とは一体何なのだろう。 たしかリシアスは人間の根底を変える、と言っていた。 皆が皆喉から手が出るほど欲しがる、シャトラールがフェアリーテイル…お伽噺だと言い続ける「アレ」とは… リシアスの後ろ姿を見送った後には、遺体の移動を言いつけられたであろう使用人たちがぞろぞろと部屋に姿を見せ始めていた。 シャトラールは動かす前に写真を取る事を命じてからロイに部屋に戻るよう言い含めるとルナの方へ向いた。 「早朝から散々な目に会いましたね。後は私の方で片をつけますのでルナ、貴女もお部屋にお戻りを」 「…いいえ、シャトラール様。遺体の搬送の準備が出来るまでで結構です、どうか部屋の中の様子をもっと詳しく拝見できませんか。 こんな私でも犯人探しのお手伝いが出来るかもしれません」 「なりません、レディにその様な事をさせるなど」 まあ当然であろう答えがシャトラールの口から凛として零れた。それでもルナは諦めずに頑として反論する。 「貴方が傍に立っていれば問題ないでしょう。私も容疑者の一人なのですから、互いが互いを見張り合えばいいわ」 「私の方が突然貴女を襲う犯人だったならどうするのです」 「今は貴方を信じるしかないわ」 「…ルナ」 シャトラールは少し困ったように口角と眉根を下げた。声が聞こえずとも彼が何を思っているのかが伝わってくるようだ。 ややあって疲れた様な彼の大きなため息が一つ聞こえると、ゆっくりとその唇から声が零れた。 「…今だけですよ」 「感謝します、シャトラール様」 静かに頭を下げ、彼の後に付いて行く。ベッドの青白いグローカスの顔に苦痛の表情は無い。 命の火が消えたその表情に遭遇する度に辛い。それが自分と少しばかりのアクシデントがあった相手でも、だ。 せめて犯人だけでも見つけてあげるのが弔いになろう。 前に進むシャトラールに気がつかれぬ様、意識を集中し、遺体の横たわるベッドにそっと手を触れた。 意識の海を泳ぎ、数時間前の映像の欠片を探していく。僅かなノイズも聞き逃さぬ様に意識の触手を伸ばして探る。 しかし、いくら探しても真っ黒な世界が広がるだけだ。それ以上も無い、それ以下も無い。何も無い。 違和感があり過ぎるほどのその黒が突如ルナの意識をバチン! と弾き飛ばした。 そしてしばらくした所でルナはハッとしたように顔を上げた。その表情にはただ驚愕しか残っていない。 (……読めない…!?) いくら探しても聞きとっても何も聞こえない。何も見えない。ただ覗きこもうとしたこちらの意識が無抵抗に弾かれた。 事件現場には何かしらの思念が混じるはずなのに、何故? (現場が此処では無い、という可能性と、後は) 弾かれた事からも考えて、誰かに邪魔された? (否…違うわ) パッと浮かんだそれをすぐさま取り消した。そんな単純すぎるものではない気がする。 (この敷地内も関係しているのかもしれない。何せこの中は人魚の一族の敷地内だ。何かしらの力が働いていてもおかしくはない…) となると、この力はちっとも役に立たない事になるわね。 (厄介だわ…) 口元に手を添えて考え込む。どうするべきか。いずれにしても出来ないからと言って手をこまねいている事など自分には似合わない。 なら、自分に出来る事を今すべきだわ。 数十秒でその答えに辿りついて、ルナは意を決して顔を上げた。シャトラールが不思議そうにこちらを見たが、微笑んで誤魔化した。 「大丈夫ですか。具合が悪くなったらいつでも仰って」 「ええ」 単純にそう返し、部屋の中を見渡す。調度品やアメニティなどはほぼ他のメンバーと変わらない。パッと見て部屋自体の変化はない。 濡れた服、人魚の鱗―人魚のペーパーナイフ。 ふと、ベッドの傍にあるデスクに目を向けると、この部屋の主だった人間の私物だと思われる本が数冊ばら撒かれていた。 「キーツ…『エンディミオン』…成程、グローカスの箇所を」 後ろからシャトラールの声が降りかかった。振り向き彼を見ると、シャトラールの青い瞳が吸い寄せられるように真っ直ぐその本に向いて いるのだった。
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