「エンディミオンが月の女神シンシアを探す旅で出逢ったグローカス、彼は老人の皮を被った若者でありました。
青い外衣はいくつもの象徴が織り込まれ、彼の脇には真珠を散りばめた杖があり、膝に書物が置かれ、彼は懸命にそれを追っていた。

…彼は死ねなかった。

荒れ狂う海へ、海底に沈んでいく人、眠りを強制される船…
彼は嵐によって海底に沈んでいく恋人たちを海の中の宮殿に並べる役目を担っていた」


言いながら彼は御覧なさい、とその本のページを止める暇も無く繰った。
間を置いて、シャトラールの甘やかな声が朗々と詩を奏で始める。


「…この広大な海の中に寄るべなき哀れな人が住んでいる。
衰えた残骸をさらし、千年も忌わしい人生を生き永らえて、それから独り捨てられて死んでゆく宿命の人が。
誰が絶体絶命の反抗を企てる事ができるか。誰もいない。

……かれは喜びと悲しみのこの務めをいとも忠実に果たさねばならぬ。
―嵐が投げた恋人たちを、残酷な海に消え失せたすべての恋人たちを、かれは並べて置かねばならないのだ、
やがて時間がゆるやかに千年の間を満たすまで=v


「…これは…犯人が残していった物なのでしょうか…」


何気なく呟いたルナに、シャトラールは困った様に苦笑して見せた。


「…そこまでは」


分かりかねますね、と疲れた様に笑う彼に、ルナは何も言う事が出来なかった。
彼が手を離すとパラ、とページが重みに従って繰られ、栞が挟まっている所で閉じた。
この栞は彼が読んでいたという証? それとも自分の意思を伝えたい犯人の意思?

丁度栞が挟まっている項をじっと見ながら、シャトラールは手を伸ばして栞を摘みページを持ち上げると、
現れたそのページにある詩を尚もその美しい声音で読みあげていった。


「…力強い女神よ! あがないがたき苦悶の女王よ!わが命を縮めよ、さもなくばこの重き牢獄より、わたしを解き放て。
わたしを空に放て、さもなくば殺せ!……$ャ程、この抒情詩の通りに、彼を解放して差し上げた、という訳ですか…
さしずめ呪われた魔女サアシイの役目を担ったとでもいうのか…」


「シャトラール様…?」


考え事をしながらブツブツと呟く彼をルナは怪訝そうに見つめる。
彼は嗚呼、と声を上げてこちらを見つめ、本に挟んである栞の紐を摘みながら話し続けた。


「この抒情詩ではね、死ねない彼はエンディミオンという救済者を得て解放を待つのですが、
我らがグローカスはどなたかが解放をして差し上げたらしい、と言うことです」


あくまで予想ですけれども、と彼は付け足した。良く分かった様な分からない様な答えだった。
振り向くと、遺体に刺さったペーパーナイフが室内光で光り、思わず目を細めた。
柄に彫られた人魚が無表情でこちらを見つめている。刃の突き刺さった部分から血が滲み、その血がどす黒く変色している。


もがいた様な後は多少見受けられるものの、刺された事によるものだろう。
抵抗の傷も見受けられるが、結局彼はそれに負けた。力が勝っていた?グローカスは曲がりなりにも力のある成人男性だ。
それに勝てる人間なんているのだろうか。それはあまり現実的ではない。ルナは隣で考え込んでいるシャトラールに声をかけた。


「…後でエルフィナン王に検死の結果の詳細なデータを出して頂きましょう。グローカス様は毒を盛られていた可能性も否めません」


しばらく考え込んでいたシャトラールはフ…と息を漏らす様に言葉を紡ぐ。


「……そうですね。グローカスは真正面から刺されている。そのままでは抵抗されるのが目に見えている。
…我が一族の医師でもその位は出来ますから、王に助言を頂きつつやってみましょう」


「後、私達含めた皆さんのアリバイも念の為確認しましょう。尤も、あまり意味もないかもしれませんが」


「いいえ、大事な事と思います。無駄でもそれはいずれやらざるを得まい…皆さんが落ちつきましたらまた改めて収集をかけます」


それからちらりと使用人たちを見やると、シャトラールはルナに優しく話しかけた。


「…そろそろ遺体を運ぶ準備が整った様です。ルナ、もうそろそろお部屋にお戻り下さい。
こんな状況では揃って食事も気まずいでしょうし、朝食は各々の部屋へ運ばせます。それから集まって頂いてお話を聞く事に致しましょう」


そっと肩に手が置かれ、緩やかに押される。仕方がない、それまでの約束だったのだ。
ルナは諦めて彼の言う事に従う事にし、グローカスの部屋を後にする事にした。



やがて遺体が担架に乗せられ、部屋から出されるのを見送ったシャトラールは先程の本に再度手を伸ばすと、あるページで手を止めた。
ため息の様な声が静々と詩を読みあげる。


「魔界の女サアシイは、そのとき節だらけの棒をかれらの上に振っていた。
しばしばふと魔女は笑い声をはり上げ、手籠から葡萄の房をその群れに投げつけた。

すると彼らは手早に貪り喰い、なおも求めて吠え猛り、毛むくじゃらの口のあたりを幾度も舌なめずりをしていた。
復讐心に燃えゆっくりと彼女はやがて宿生木の枝を取り、それに薬瓶からどくどくと黒い水をそそいだ……


……毒を使っているのは間違い様がないだろう…グローカス、お前には悪いが彼女は僕のシンシアだ、お前のシーラでは無い。
…お前の恐れであるサアシイの役目を担ったのは……」



言葉は不意に意味を失い音を無くした。
彼のベイビーブルーの瞳が一瞬影を生んだが、次の瞬間に彼は本を取りあげ、胸に抱いてから死者の部屋を後にしたのだった。







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