「いらっしゃいませ、お嬢様」 ゆっくりと開いた電子ドアの向こうで出迎えてくれたのは、一昔前の推理小説にでも出てきそうな老執事だった。 白い髪、黒い燕のような執事服を整然と着こなしている。その年齢に現れてくるであろう背の曲がりはあまりなく、 まるで少し首を竦めた様に歩くその背中を見ながら、ルナはその背の後をついて行く事になった。 ―何故こんな事になっているのかは数時間前にさかのぼる。 「君にはある一族へ侵入して貰うよ」 画像や文章が並ぶ部屋の中、それらを背後に従えてアルヴィンはニコニコしながらこちらを振り返り、あっさりとそう口にした。 ルナは一瞬だけぽかん、と呆けた後、え、と声を上げたのだった。 「…一族、ですか」 ややあって、ようやく言葉に出来たのがその一言だった。 アルヴィンはそれにそう、一族、と答え、再び従えていた画像達の方へクルリとチェアを回転させて向き合った。 タタン、彼がキーボードを再び叩くと、パッ、と文章が書かれた画像が浮かび上がる。 「…マーフォーク…」 「そ」 彼は満足そうに再び頷くと、その指をボードに走らせて次々に関係画像を浮かび上がらせた。 目の前に輝く電子の粒子は、その文字や写真を鮮明に映し出している。 「マーフォーク一族…時代が変わる前から、それこそ世紀をまたいで彼らは存在するとされている。一族の詳細は一切不明、生没年すら、だ。 俺らの現れる所に彼らはしゃしゃり出て、神命を邪魔する…ち、思い出して腹が立ってきたよ。兎も角何もかもが不明だ、腹ただしい事に」 ギリィ…とアルヴィンは憎たらしい、と言う顔で己の歯を食いしばっていた。これは憎たらしいではないか。むしろ… (本当に殺してやりたいと言った顔だ) 彼の顔をそっと眺めながら、ルナはそんな事を思った。腰掛けたチェアがキィ、と小さな音を立てる。 彼の気を荒立たせない言葉をじっくりと考え込んでから、閉ざしていた唇を開いた。 「…私がする事は…とどのつまりは、その一族への侵入と調査と言う事でいいのですか」 今まで口を閉ざしていた自分が発言したのに驚いたのか、アルヴィンは一瞬きょとん、とした顔をした後、 言葉を理解したと言った風にぱあ、と表情を明るくして笑った。 「そうだよ。君はある没落一族の令嬢としてそのマーフォーク一族主催のパーティに潜入してもらう…勿論、こちらの情報は出していない。 そこに抜かりはない。そして君にはその一族の情報を仕入れ、そしてこちらの組織の幹部の死因が分かればそれも仕入れておいで。 ああ、死因なんか次の次で良い、様は」 「彼らが関わったと言う証拠が手に入ればいい」 彼の言葉を引き継ぐようにルナはそのまま彼の言いたい事を差し込んだ。 それに満足したのか、アルヴィンが嬉しそうに微笑んで膝の上でその白い手を組む。 「そ。流石に分かっているね、ルーナ、聡い子だ。そうだよ、様は彼らに仕掛けるだけの『理由』が欲しい。ね」 微笑みながら彼の手がそっと忍びこんでくる。 ひんやりとしていて体温を感じさせないその皮膚は、冷たさをぞわ、と身体に這いあがらせてくる。閉じていた唇を、震えを堪えて開く。 「その理由で戦争を仕掛けるだけの『理由』。彼らを叩きのめせるだけの理由」 「いやだなあ、ルーナ。そんな横行なモノじゃあない」 幼さを残すその美貌が、ゆっくりと微笑みを作って、視線を向けて。 「『殺し合い』をする為だけの理由だよ」 まるで今日の天気は晴れで良かったとでも言うように朗らかに、純粋な眼差しを向けて彼は笑った。 その美貌に相応しい微笑みは、知らない者が見ればなんと美しく見えるだろう。 その微笑みの奥深くに隠した闇は純粋なあまりに人を惑わす。 「でも、気をつけて。マーフォーク一族はこの自分ですら情報を掴ませない謎の一族。何が起こるか分からないからね」 「……分かっている事はないのですか」 「うん? そうだな…そうだね…ああでも唯一分かっている事があったかな」 『マーフォーク一族は、その名の通り人魚の一族と言われる。もう一方で彼らは、不死の一族とも呼ばれているんだ』
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