雨の日はあんまり好きではない。
昔は好きだったのだろうけれど、大人になるにつれてマイナス面の方が多くて困った。低気圧のせいでひたすら身体は上から押さえつけられたように重くだるくなるし、頭も痛い。
とりあえず頭痛だけは抑えようと昼間に鎮痛剤を飲んでおいたから、何とか夕方の今までは何とか悩まされずに済んでいる。図書室の棚の間から見える外の光景をちらりと見て、私はため息をついた。
昼間まではそこそこ晴れていたのに、午後になってからは途端に天気が崩れ出して、それから2時間後には大粒の雨が空か降って来ていた。それがいつまでも止むことなく続き、夕方になっても止む気配がない。

(やっぱり翠と一緒に帰れば良かった。)

私が図書室に行くと言うと、我が友人はそれじゃあ、とふわふわとした髪が湿気で余計にうねってしまうと文句を言いながら、私よりも一足先に帰ってしまっていた。
いつか止むだろうと思っていたので、まさかここまで降り続くとは思っていなかったのだ。
再びため息をついて本の方に視線を戻す。仕方ない、雨が少し弱まるまで待ってから帰ろう。パラ・・・とまたページを一つ繰る。
立ちっぱなしだったのでいい加減足がしびれてきた。

そろそろイスに座って読もう。 そう思って歩き、棚と棚の間にある1人用のデスクセットを発見して腰を落ちつける。窓もあるし、雨の確認もできるから一石二鳥だ。
パラ・・とまた一枚ページを繰る。この紙の擦れた音が好きだ。静かな空間には自分のページを繰る音と、雨の音、そして自分自身の呼吸だけが響く。
しばらく読み進めていると、流石に分厚い本、それも細かい文字を追っていたせいか目が疲れてきて、文字が霞んできた。眠い。目を擦り、腕を上に上げて身体を伸ばしてもまだ眠い。
(・・・ちょっとだけ、寝よ・・) そしたら今度こそ帰ろう。そう思っていたら、引きずられる様にしていつの間にか意識はまどろんでいった。
*************************** 次に目を覚ました時、私の景色は一変していた。 目を開けた瞬間、身体がふわりとした感覚に包まれた。霧だ。しかも霧にまぎれて何かが見える。あれは、木か。むくりと起き上がれば、今まで身体を預けていた地面が茶色の粒子を散らす。

土?

(森林・・・?え・・?)

だって今まで私は図書室に居たはずだ。雨が降っていて、しばらくしてから帰ろうとして本を読んでいて、眠くなって・・・
なのにここは森林の中だ。濃い霧が絡みつくように木々を覆っている。じゃり、と踏みしめるのは確実に土の感触だ。幸い荷物は手元に置いていたせいか傍に転がっていた。
仕方ない、此処に居ても何にもならない。バックを肩に掛け、取りあえず歩みを進めて見る事にした。真っ直ぐ、真っ直ぐ。
歩いて行くうちに、だんだんデジャビュにも似た感覚が自分を襲っていく。

(あ・・・)

ここは。
この道は。

ジャリ、ジャリ、と踏みしめる音が、呼吸すら忘れそうになるほど静かな霧の森に広がる。

(知ってる・・・)

この道を、私は。

(知っている・・・ああ)

何度も何度も夢で見た、あの光景。あの忘れられない、一つの。汗が一つ、ぽたりと頬を伝って地面に落ちていく。

(どうして・・・ここに)

いくら頭で考えてみても今の現状と色々まざってぐちゃぐちゃだ。右手でぺたりと顔に張り付いていた髪を剥がし、耳に掛ける。しばらく行くと二つの木がまるで門番の様に立っているのがあの家の目印だ。
そんな事だけは冷静に思いだせる自分を何とも不思議に思った。

ジャリ。

「やっぱり・・・」

アメリカン・ヴィクトリアン様式の下見板張りの外観。正門が大きく開いて、こちらの視界を捉えて離さない。
「あの夢の・・・洋館」

左側に立つ八角形の尖塔、中央の建物の二階には木の柵が付いたバルコニーがあり景色を良く見られるようになっている。全く同じだ。一年前からずっと見ている、あの夢の洋館と。 とするとここはあの夢の中なのだろうか。あの夢の続き?でもいつも雨が降っていたのに、今日はそこらじゅうに霧がかかっているだけだ。 ごくりと息を飲み、一歩前に進む。
その瞬間、りぃん・・・・と鈴の様な音が波紋を描いて広がっていった。

「え・・?」

驚いて思わす辺りを見回す。何だろう今の音。鈴よりも高くて透明な音だった。その音に気を取られている間もなく、頭の中に声が聞こえていた。
・・・何を呆けているの・・・

何度も・・・お前はここに来ているのに・・・

おいで・・・お前を待っていた

「だ・・・れ・・?」

頭を抱えて、その声に答える。りいん・・・またあの透明な音がした。

来れば分かる事だ・・・おいで・・・怖がらなくていい・・

おいで

「・・・・」

なぜだかその声に聞き覚えがある。それはあの夢の中で聞いているせいもあろうが、それだけではない。
そして私はその声に逆らえない。考える暇などなく、足が勝手に歩みを進めていく。

「何でなの・・・」

自分でもよく分からなくて、自然と零れ出た言葉だった。

分からない。
分からないのだ。

どうして此処にいるのだろう。どうしてその声に、不安どころか安心すら覚えるのだろう。
胸を掻きむしっても掻きむしっても湧き上がるような、心の臓を鷲掴みにして握っている様な、それはとても切ない感情も連れてくるのは。

「どうして・・・その声が懐かしいの・・・」

泣きそうになる感情を抑え込み、ぐっと顔を上げる。きっとそれを答えてくれる人物はあの屋敷の中だ。
それには確かな確信があった。その声の主は、あの部屋にいるのだ。








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